終末を待つだけの雑記

永久に青春を感じる中年がお届けします

いつの間にか夏

35度を超える猛暑日が晴れた日には日常になってしまった2023年
こんにちわ僕です

幼い頃のことを思い出すと、30度を超えた日には『今日は随分と暑い』とか、夜も25度を下回らないと『熱帯夜だね』と言われていたような気がする
少なくともエアコンがなければ灼熱に焼かれて死ぬとか、ラジオから流れてくる表現に『命を守る行動を心がけましょう』はなかったと思う
よくよく思い出してみると家にはエアコンがあったが、小学校にも中学校にも高校にもなかった
私立にはあったのかもしれないけれども、公立の学校ではそれが当たり前だった

先日地域の廃校がついに取り壊されるということがあり、最後だからと公開されていて見学ができた
昭和2年に建てられたという校舎は昔通っていた小学校よりも少し古かったがとても立派であった
どこか懐かしい気持ちもあったが、それはギシギシ鳴る階段や教室の雰囲気が母校とにていたからではなかった

個人的なことだけれども、自分の母校は小学校も中学校ももうない
数年前に少子化とともに地域の小学校が合併し、小中一貫の公立校として廃校になったからだ
取り壊されることは知っていたし、統合された学校の横を通り過ぎることはあったが、一番近いはずの小学校には近寄っていない
少し経ってからいつかのお寺の法事で記念品としてグラウンドに集まった児童たちの記念航空写真がプリントされたファイルを貰った
中学校の跡地には立派な建物ができていて、そこが自分の母校だったことを示すものは記念碑のような正方形10センチ、1メートルちょっとの記念碑だけだ

長く生きているというほどではないが、自分の人生を振り返ると随分と様々なものがなくなったように思う
それらは自分の意志ではどうにもならなかったもののほうが多く、そして今も失い続けている
失っている自覚とは対象的に欲しい物は段々と少なくなってしまった


本を電子書籍で買うようになってから圧倒的に読書量が減った
読書の体験というのは何者にも代えがたい
それを自分がこの十数年ほとんどしてこなかったのだということに少し打ちのめされている
好きだった作家も、好きだった作品もあったはずなのに、ほとんど鑑賞の残滓のようなものでしか思い出せない
本を読まないことを電子書籍のせいにしているようだけれど、紙のほうがiPadよりも目に優しいと思う

本を読むと言ってもその99%はフィクションで実用書の類について殆ど触れてこなかった
明確に一冊だけ覚えているそういったビジネス書の類がホリエモンのゼロという書籍であることは何か自分としても納得がいかない
内容は覚えていないが面白くなかったわけではなかったと思うので最後まで読んだ記憶がある

なぜこのような散文を書き散らかすようになったのか、あまり良く思い出せない
高校生の頃から戯曲やシナリオを独学で書き、文芸の真似事をして、最終的に少しライトノベルのようなものを書いた
しかしプロットや伝えたいことはなく、一つのシーンについて書き始め、そのシーンを補強するようにして文章を書いていたのでまとまりがなく面白くもなかった
これは馬鹿なショートムービーを取っていた学生時代に、映像というアウトプットで人をひと笑させるシナリオを書いている際に『なるほど、自分で書いたテキストは面白みなどはない』とはっきりと自覚した

賞のために長文を書くが、途中で書いていることが楽しくなって内容はどうでも良くなり、書き終わったらろくに推敲もせずに送っていた
もちろん歯牙にもかからなかった、さらに言えば下読みの人には大変な苦痛を強いたと思うけれども
しかしそれでも長い文章を書き始めるまでに、長い準備運動として日頃から散文的なこういった雑記を書いてはどこかに投稿しているということをしていたのだろう

幼い頃に父親が夏になるとホタルを見に連れて行ってくれた時期があった
どこに見に行っていたのかは忘れたが、何故かその記憶と甘いイチゴのかき氷の記憶が結びついている
あまり話していないことなのだけれども、かき氷の苺のシロップ、同じような場所の同じような屋台で同じような値段なのにピンクなものと真っ赤なものありませんでしたか?
真っ赤なものがすごく好きで、溶けるように甘買った記憶がある
ピンクの方は全然好きではなく、なんというか香料と砂糖ではないようなよくわからない甘みがするような気がして苦手だった

夏の記憶は家族と過ごした時間が長かったような気がする
単純に習い事が多かったというのもあると思うけれど、その習い事の中で今でも身になっているものはよく考えると少しでも打ち込んだものだけだ
親や祖父母は自分のことを思って色々と手を尽くしてくれていたようだけれども、そういうことは生きているときにはわからないものだなと思った
母について少しでも力になりたいとは思っているが、どのようなことが親孝行になるのかわからないままだ

渋谷駅のJR山手線の外回り内回りホームが島になってからこの間初めて降り立った
基本的に今住んでいる家からだと渋谷まで山手線で行くことがないからだ
随分と変わった南口を出て、代官山の方に歩いていこうとすると、少し前まで通り抜けが困難であったところに巨大なビルとエスカレーターができていてびっくりした
その後現場でおかゆの話題になった際『おかゆ専門店ってなかなかないですよね』『そうですね、あ、でも確か…』と言いかけて、そうだあの店は再開発で店舗がなくなったのだということを思い出したりした
もう当たり前のように使われている統合されたホームも、googleのはいるビルも日常になった
だれも東横線が地上にあったときのことなんて覚えていない

当たり前のことなのにすぐに忘れてしまう、忘れてしまったものの中に大事だったことがきっと収まっていたりするのだろう
有隣堂しか知らない世界、の最近の又吉さんの回を見たときに『実は私の本に特装版というのがありまして』という下りがあった
そうか図書室のかびた茶色い本で使われている技術は一度失われているものなのだ、ということを再確認するとともに、この人の本はちゃん及んでおきたいなと思って結局kindleで購入した
『次やろうと思った人がいたら、これ見たら20年か30年はできますからね、技術継承的な』といっていたのが印象的だった

youtu.be

夏の夜にクーラーをかけて寝ることに慣れていない自分は、いつまでも少し寒く体が冷えている
月と散文の書きはじめをつまんでみたところ、これはたしかに自分のような人間にはぴったりだと思った

 


これから時間を見つけて読んでいこうと思った
夏は始まったばかりだ、今年な自由研究をしてみようか