最近ツイッタランドでは言語の壁が取り払われた
結果なにが見えたかというと、見えているものだけが全てではないということはわかっていても、どの人間も似たような感情を抱き、似たようなことに悩んでおり、似たようなことに喜んで、オタクはどこの世界にもいる
今日を2026/4/13と表記するのは特に違和感がないと思う
和暦でもいいのだけど、YYYYMMDDというのは、右にある項目が左にある項目に内包されているということを示している
アメリカの人たちがMMDDYYYYや、DDMMYYYYという表記をたまに使うが、直感で理解するのが難しい
例えば、4月13日だと1304で日付→月だということがまだぎりぎりわかるが、4月12日を同じように書くと1204となり、12月4日なのか4月12日なのかが区別ができない
構造化するということは間違わないようにするためにやることである
DXという言葉を聞かなくなってきた、色んな意味があるとは思うのだけど、僕は合理化をして効率を上げることで生産性を向上させたり利益を生むことだと考えている
効率化や利益と言っても様々なことがあるのだけど、例えば月の売上が1000万円あったとするとしよう
その時その売上を作るのに20人かかっていたとする
そうすると一人頭で割ると50万円ぐらいを一人で作るという計算だ
平均した労働時間を週5日フルタイムで月に20時間の残業で行っていたとしたとき、50万円を作るために180時間かかっていたとしよう
彼らの給料は一律で25万円
もう一つ、人をオフィスに置いたりするためにはなにが必要か?ということを考える、家賃だけでなく、電気代、貸与する機材、交通費、環境を維持するためのお金、自社とは関係のない人件費など、組織の人間以外にもコストがかかる
では効率化するということはどういうことか、簡単なので労働時間を効率化出来たとしよう
売り上げは変わらず、週4日で残業無しで同じ成果が出せたとする
もともとかかっていた時間は180時間×20人で、3600時間の稼働で1000万円を作っていたと言えるだろう
週4日にできれば、128時間(週4日稼働)×20人で2560時間で、約1000時間を合理化できる
給料を据え置きにすることで働いている人はかなり幸福度が上がるのではないだろうか?
時給換算で時給1388円→時給1953円、コレは嬉しい
しかし売上が変わらないのであれば・・・という経営者もでてきそうだ
その場合は逆に考えればいいと思う
つなり今まで通り週5日+残業が発生するが、1000万円の売上は2560時間で作るということだ
そうすると月間約1000時間弱をさらに仕事ができるようになるということだ
空いた時間で360万円ほどの売上を作ることが本来可能だということがわかる
極端な数字に見えるかも知れないけれど、時間的リソースを見つめ直すだけで売上は36%も向上する可能性があるということだ
構造化するメリットの一つがこのようなものだ
しかし見方を間違ってはいけない
合理化をするうえで大事なことの一つはできるだけマクロに物事を見る必要があるということだ
例え話であげた20人で1000万円を作るという話は、全員が同じ作業をしているわけではないということだ
つまり、中には時短パートでそもそも週3勤務の人がいる可能性があるし、24時間働けますか、みたいな平成初期のノリで働いている人がいるかも知れない
それぞれにそれぞれの職責があり、やらなければならないことがある
なので勤務時間を一律20%カットしてください、みたいなことは出来ない
やるべきことというのは地味なように見えるかも知れないけれども、必要のない会議を減らし、コミュニケーションエラーを防ぎ、できるだけ一度の伝達で情報が伝播するようにすること
つまり結果として全体で20%の稼働量の効率化を目指すのが大事だ
日付からなにを言い出したんだと思われるかも知れないけれども、YYYYMMDDと、DDMMYYY、MMDDYYYYが混じった仕事環境にいると、察すことが出来ないシーンに何度も居合わせることになるということ
それぞれが自由だ!とするのは構わないのだけれども、仕事や労働、そしてスケールしていくことと、効率を求められるシーンにおいて、12月4日の話と4月12日の話が交じると毎回不必要に時間を消耗することになる
その場所において徹底したルールが有り、外部に漏れてはいけないのだ、というルールのもとで、M1Y1Y2D2Y3M2Y4みたいな方法でしか日付を伝えることが出来ないが、そのルールで統一されている、ということであれば別に構わないが、そんな現場は本当に稀だと思う
伝達ミスや伝えモレを防ぐことは、不必要な会議を減らし、会議時間を短縮させる
DXという言葉は現場にPCを置くことでも、不必要なシステムを導入することではない
結果として12か月必要な仕事を10か月に効率化することであり、システムはただの仕組みでしかなく、生きることそのものは仕事をすることとは切り離して考えるべきだ、ということを見つめ直すべきだ
もちろんDXの側面として労働が洗練化された結果地獄のように働くことになるということは否定しない
しかし、AIを含め、本来僕たちは仕事や社会システムの駒になるために生きているのではないということをここに書いておきたい
自分たちが生きることは義務ではあるものの、喜ばしい権利であり、そこそこ奔放に幸せを享受するために息をしているのだ
理由のわからない年寄りの思いつきでものが枯渇するなんてことはあってはならないのだ、いい加減にしろよ
そのように僕は思いながら、今月どのように乗り切ればよいのだろう、そういう事を考えている
みなさんね、ちゃんと飢えないように生きていくんだよ、幸せにね
なんでこんなことを書いたのだろう・・・?最近はお好み焼きを夜ご飯に食べています








