終末を待つだけの雑記

永久に青春を感じる中年がお届けします

スーパーのバイトのゲームが流行っているなぁと

桜が咲くのが遅かったこともあって、毎日のように近所の公園まで散歩していました。
こんにちは、僕です。

皆さんは今年はお花見をされましたでしょうか?
過去には大規模な花見や大規模な忘年会に参加していたなという記憶があるのですが、「あれ楽しかったなぁ...」という思い出だけが残っていて、幹事は大変だったんだろうなと思います。
ブルーシートを引いての大宴会、またやりたい気持ちはあります。
今年の春はちょっと暑かったり、雨が降ったりと天気が良くないので、気持ちも少し塞ぎ気味です。

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さて、最近色々なところで様々なゲームなどが出てきていますね。
流行っているものも様々ではあるんですが、スーパーマーケットシミュレーターを知っていますか?
その名の通りスーパーマーケットを経営するんですが、高校時代スーパーのバックヤードでバイトをしていた自分からすると、よくできているなあと思いながらバイト(ゲームプレイ)をしていました。
商品を仕入れて、届いた荷物を店に収める、店の商品に値段をつける、段ボールをゴミ箱に捨てる、店を開けてレジをやって商品補充をする、店を閉める。
経理部分も結構ちゃんと作ってあって、商品取り扱いを拡充させたり、借金ができたり。 什器を買って、店舗を拡大し、倉庫を開けて、バイトを雇う、非常によくできています。
この手のゲームが世の中にいろんな形で流行っていて、皆さんは現実では仕事をしないけれども、形を変えればいくらでも仕事をするんだなという気持ちになりました。

ところで世の中には「やりたいけど時間とお金と人手がないからできない」ことがたくさんありますね。
例えば過去資料のメンテナンスであったり、倉庫の整理だったり、アナログなデータをデジタルに変換したり。
地図なんかはゼンリンさんとかだと足で稼いでいたりしますし、なのでどうしてもリアルタイム性に欠けるわけですが、自分たちがありがたく使っている地図は多くの人の努力によって作られています。
地図などは割と古くからみんなで作ろうという意識があったと記憶しています。 例えばそこまで密でもない統計データの整理や、会社の表になっている数字の整理、書庫の整理などを、ゲームに参加していると徐々に整っていくサービスなんかが作れないかと思ったのです。
なので見た目は全く異なる形になると思いますが、今までやりたかったけどできなかったことを全然知らない人たちが別の目的で作業して整理してくれて終わった状態になっているというもの。
ちょうどヘイブンズの話を聞いたことにも影響されていると思います。

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誰もが仕事をしているわけではないと思っているが、実際には社会にとても役立っているということは、実はこれからの社会において非常に重要なことだと考えています。
まだ読んでいないのだけれども、世の中にはブルシット・ジョブと呼ばれるものがあるそうです。
しかし、人々はそんなことをしなくてもスーパーマーケットシミュレーターに没頭し、Minecraftで巨大な装置を作り露天掘りをする、Factorioなどでロジックを描いて、宝石を削り街を作る。
おそらく、Pokémon GOのようなARゲームは、もっと街を豊かにするギミックを搭載できる。
そう考えると、ゲーミフィケーションという考え方を仕事に実装するよりも、そもそもゲームと社会的な課題が間接的にでも、ゲーム内の努力が現実世界に反映されても良いのではないかと考えています。
少し前に「Play to Earn」という言葉が流行りましたが、今は落ち着いています。
確かにこれからはそれが社会に実装されていくと思いますが、インセンティブについてはもっと多様であって良いと思います。
この辺の設計が今はまだかなり抽象的で分かりにくく、どうしても収入のような直接的なものに捉えられがちです。

資本主義社会を採用している日本国民である自分たちは労働をしなければならない(義務)が、生きることはお金を稼ぐことではないはずですし、お金があることで贅沢をしたり良いことはあるとは思います。
しかし、お金がなければ生きていけないという社会は少し違うのではないかと考えています。 そういう意味では、Earn部分は稼ぐというよりもLifeであったほうが人間としては正しい様相なのではないでしょうか。

まとまりのないテキストだと認識しつつ、春の夜に人の話を聞きながらぼんやりとキーボードを打っていました。