終末を待つための雑記

いつか一人ぼっちじゃなくなることを夢見て

20年後について考える本

20年後や30年後について日常的に考えて生きていますか?
こんばんわ僕です

 

限界国家という本を読みました
面白かったです

 

現代(2025年)日本から20年後30年後にこの国はどうなっているのか?ということをテーマに書かれた小説です
小説かどうかについて諸説ある感じだったんですが、ちゃんと引き込まれましたね
登場人物にはちゃんと役割が設定されているのですが、この本が言いたかったことはこのままだと色々やばいように思うよ!っていう作者の思いについてどうすればそのように受け止められるだろうか?という実験的な側面が強かったですね

20年後とか30年後について、きちんと考えたことがない人も多いと思うんです
40歳をすぎるとふと思うんですよね、すごく無茶苦茶やってて孤独で輝いていたわんぱくな高校生をもう一回やってもまだ余ってる時間だけ生きてるんだな、って
大学卒業までだとまだもう少しかかりますけど、幼稚園から大学までをもう一回やれるほどの時間が過ぎたのだ、と
ギリギリ公衆電話からポケベルにメッセージを打っていた世代

スマートフォンがすべてを解決するまでは、いろんなガジェットがあって、カバンはパンパンでしたね
携帯電話、カメラ、計算機、ラジオ、ポータブルオーディオ、辞書などはそれぞれが大きな電気屋さんや光学メーカーが大きな部署を持ってそれぞれが一大産業だったのです
それらはもう日本においてはあったとしても小さな部署で開発されており、スマートフォンが概ねのすべてをカバーしているので、それらにいた人たちはみんな失業してしまったのです
現在進行系で消えつつある職業は、例えば同時通訳、翻訳、文字起こし、校正など、どれも高度な技術がかつては必要であったものですね

しかし20年前にはまだ、音楽プレイヤーは必要だと思っていたし、ウォークマンは形を変えてあるだろうと信じていたのです
小さなMP3プレイヤーは音が悪く、PCがなければ使い物にならない、CDウォークマンの音飛びはどうすれば改善できるのか?MDってちっちゃくて可愛いよね、デモ音質を考えるとDATのほうが
そういう時代があったのです
でももうほとんどの人はスマホで音楽を聞き、有線イヤフォンですらマイノリティになりつつある気がします
Air podsは革新的でしたが、未だに耳の近くにちっこい電池があると思うとちょっと怖いですね

必要だと思っていた仕事は別に代替手段があったことに気が付かされるのです
どちらが優れているということではなく、圧倒的に簡易な方に人は流れていく

関係ないんですが新宿にはやしやという古い洋食レストランが有りまして、先日超久しぶりに行ったのですがあまりのメニューの多さにびっくりしましたね、優柔不断さもあって注文までに随分と時間がかかりました
本当に一昔前のファミリーレストランは同じぐらいメニューが豊富だったのですが、今は随分ファミリーレストランのメニューは合理化されましたね
アレンジでメニューが多く見えるだけで、本質的には誰でも同じオペレーションで同じものが出せるようにしたということが正しい気がします
現在進行系でインバウンドのお客さんがきて日本の食事について絶賛している動画を見たりしますが、そういう意味だともう少しメニューが豊かだった時代にきてもらったほうがきっと楽しいと思うんですよね

はやしやのエビグラタン

合理化というのは人を便利にして、仕事をやめさせていくことだということは、そもそも幼いときに気がついていたのです
規格化されて行く時代において、ワンオフのものは高いコストを支払う割にクオリティがまちまち
機械は間違いが少なくなるというメリットがありますね、ある一定までは人間のほうが精度が良いのですが、どこかで機械のほうが同じものを作ることにおいて叶わなくなります
その時に人間が無理をして続けると、事故が起きる
もっと言えば機械と人間が入り乱れる現場が一番悲惨な事故が起きることが多い気がします
人間では出力できる力に制限がありますからね
ドア1枚とっても四半世紀前は規格が一般的でなく、現場で大工さんが結構微調整していたようですよ?

危険な現場に機械が入っていくことで、人間は平和になるわけですが、それに寄ってどんどんできることが少なくなる
そのうち仕事なんて何もなくなってしまう
果たして仕事とは一体何なのだろう?と考えている人も多いと思う
持って言えば移動をしなければ交通事故に合うこともなく、管理された食事と必要な運動ができれば病気になる確率がかなり減る
老いることも科学的に解明されれば、ハードウェアの限界まで生きることが可能になるかもしれない
例えば骨や臓器、筋肉が健康であれば現代では140歳が限界だと言われている寿命は200歳を超えるかもしれない
そうなったとき、では人は何をして生きるのだろう

本の中ではそこまでを言及はされていないのですが、まさに都市伝説のようなものはこういったフィクションから生まれるのだなと感心しました
面白かったですね
思春期のお子さんがいる方にも、その親御さんにも、ご両親にも読んでほしい
世代で感じることは異なると思いますが、今まさに生きていることについてどのようにこれから生きていくのか?ということをしっかりと考える切っ掛けになる一冊でした

個人的に、いずれ労働は権利になると主張しているので、つまりきっと人々は労働から開放されるはずだと主張しています
ただその時人々が何をして過ごしているのか全く想像はできないのですが

では次回、梨と秋刀魚と紅葉狩りでお会いしましょう