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世界の果てで終末を待つだけの雑記

患った中二病は30代になっても僕を蝕む

近況 7/14のあたり

読んでいない漫画があり、買っていない漫画があり、見ていないアニメがあり、編集されていないラジオがある。

最近はよく女装をしているが、たいして人気があるわけでも可愛いわけでもないので、とても気持ちが不安定になる。こういうことはやめたほうが良いのかもしれないなと思いながら、気持ちてきに今日は木曜日なのだけれども金曜日で、だから明日からもうおやすみっていう気がしている。でも打ち合わせが入っているので、おそらく休まないのだけれども。なんなら休めない?

夏を感じてる。何度も言っているかもしれないけれども、早く大人になりたいなと思っているうちに年齢だけが歳をとった。
ぼくぐらいの歳になると周りもあまり結婚をしないし。そういうおめでたい席には呼ばれなくなってきていて、ぼく自身もそういった関係性からとても縁遠くなっている。二十代前半までの浮かれた熱のようなものは、たぶん今は奥に潜んで姿を現さない。
ただただいたづらな関係を、求めている。誠実な関係も、いいなとは思う。そういう関係がぼくにはどうにも上手く築くことができなかったように思う。これからもきっと難しそうだ。

ぼくは職業ライターではないけれども、昔そういったものを目指したことがある。けれども幾つかの記事を書いた時に自分の文章が下手くそすぎることに気がついて、そっとフェードアウトした。
読んでくれていた方には申し訳ないことをしたし、仕事をくれていた方にも申し訳ないことをした。
技術記事を書かせていただける機会などもあり、それらもまだ残っているが、やはり今読んでも下手くそな文章だ。
しかし書かなければ上手くもならない。
また機会をもらったので、それこそ10年近く経ってまたライターとして仕事をいただけるかもしれない。ありがたいことだ。

閑話休題

祖父が亡くなって、納骨を先週末に執り行ってきた。坊さんオンステージだったが、まぁいい。
寂しさは、徐々にやってくる。
今日も亡くなった父がいきなり夢に現れた。最近死んだ人が夢によく出てくる。まだ多くの友人はありがたいことに生きているのだけれど、ぼくのような人は意外としぶといので、ぼくはいつものように一人になるだろうか。
それは誰にもわからない。
人生というやつかもしれない。
クラナドのことをたまに思い出す。幸せとは、生きるということは、なんなんだろう。アフターストーリーで心を閉ざしてしまった主人公が、うしおとの旅を通じて心情に変化をもたらす描写はどうしたって、心を震わせる。その後での渚との再会は、本当に彼にとって、なくしてしまったどうしようもない、大切なピースだったのだろうと思う。それは彼が心を閉ざしてしまった時間に彼に注がれた数多の友情や愛情の総数よりもきっと大きいのだ。
ぼくにはそんなものがあったのだろうか。

大江戸線の電車の中は、夏の雰囲気で満載である。まだ梅雨明け宣言もないのに、もうすっかり人たちは夏を感じてるんじゃないかと思う。今年はたぶん空梅雨だったんじゃないかな。
でも夏本番はもっと暑いということだから、結構心してかからなければいけないなと思っている。

ペアーズでたまにマッチングする人はぼくの何を見ているのだろうか。いいねをたまにもらう。女装写真ばかりなのだけれども。すぐにメッセージが来なくなる。ぼくがマメではないのとあまり思慮深くないので、きっと上手くいかないのだろう。あと、何気に会う時間を自分で作れない。コンテンツの消費すら、ままならないのだ。知らない人と会える余裕なんてない。会いたいのかもわからない。でも基本てきには会いたいのだろうけれども。

突然の雨だ。大粒でとても強くなりそうだった。早退をしてきたが、この雨は長くは続かないだろう。
ぼくは、すっかり乾いてしまった。
せめて、涙の一つでも流すような雨が、降れば、良いのにな。

ぼくはとりあえず元気です。