終末を待つための雑記

いつか一人ぼっちじゃなくなることを夢見て

定年まで22年とちょっと

急に秋が来ましたね、夕方気がつくと日が落ちているのでそういう季節なのでしょう
こんばんわ、僕です

今年43歳になるのですが、大学卒業から21年、一般的な定年を65歳とすると22年後
あっという間の折り返し地点
僕は一人会社なので完全に雇われている人間ではないですが、実態としてはパートタイム・アルバイトよりも身分が保証されない不安定な状況で時間を切り売りして、10年ほど生活しているので多くの世の中の人と変わりません
世の人よりも少しだけ持っているものが少ないという違いはありますが、似たようなものです

友人のチャットに「もう転職は厳しい年かなー」、「いやまだもう一回ぐらい転職あるでしょ」、「いやもうこの先は椅子が必要でしょ」、「もう結構もらってるし次ってなると想像で禁止、今以上の額になったらちょっと引くかも」
みたいな一連の書き込みがあり、そういう年かーと思って初めて定年を考えると、もう目の前だということに気がついたのです

毎年インクリメントされるだけの年齢に何の意味があるのだろう
そんなふうに冷笑を重ねて生きてきたわけですが、そろそろ本当に将来ってやつについて考えない気がするのです
いつか来る死ぬときに対して、これほどまでに無防備な状態でいるのかと、呆然としています
皆さんもそうだと思いますが、人の死は突然訪れます
自分の番というのは予告されているわけではないですが、年齢がインクリメントされると間違いなくその自分の順番に近づいているはずなので
例えば12歳の僕は今とは違った死生観を持っていた気がします
30年後こんなふうになっていると、聞かされたらきっと泣いてしまうと思います
幼い自分には悪いけど、まぁ、しょうがないものです

定年まで22年ちょっと
悪いことばかりではなく、僕はありがたいことにやりたい仕事についてかなり多くかかわらせていただきました
やっぱりやりたいって思うことや叶えたいと思うことは声を上げるべきなのかもしれません
断らないことも大事だと思います
やりたくてできていないこともたくさんありますが、きっといつか叶うでしょう
でももうあんまり無い気もしています、結構やりたいことをやらせてもらった
細かいディティールの話をすれば触れていない分野はたくさんありますが、アニメ・ゲーム・広告などエンタメ全般、製造、流通、官公庁などもちろん全てにおいてプロフェッショナルだとは言えないですが、満足する程度にかかわらせてもらいました

しかしふと思うのであと22年もどうやって食っていけばいいのかと
もちろんその定年というのは一般的なもので、いつでもやめてもいいのですが、辞めると空に困ってしまうのでやめれないんだよな、ということです
蓄えもないですし、明日から何もしなくてもいいですよ、と言われても餓死が待ってます
それにきっと何もしなくていいですよと言われたら、友人や知り合いに声をかけて仕事をもらおうとしてしまうと思います
つまり仕事をもういいですよって断られることを怖がっていると思います、仕事がなくなる=死だと

このまま一人で社長をしていてもあんまりいいことにならなさそうだなという気持ちがありますね
どうにか自分がほっとできるぐらいの金を作れないものだろうかと考えているところです
今年の春から一応求人情報を集めたりしてはしていますが、あまりなにかに所属したりするのもあっているようにも思わないことにも困っています
多分何もしなくてもお金が入ってくるような仕組みを作るか、入れて貰う必要があるとは思うのです
それは豊かになりたいということではなく、いつか来る死後について、それに付き合ってくれる人が最小限の労力で済むようにしたいということです
そして自分と同じように孤独な中年、これからなる人、もうなっている先輩を含めたユニオンを作りたいですね
知り合いですらなくとも、誰かが負わなければならないことなので
本当はそういうものが昭和までは社会が家族が背負っていたことなのだけれども、この四半世紀、僕の見える範囲では変わってしまったように思う
もちろんそういう選択ができなかった自分が一番悪いのだとは思うけれども

さて、まだこの秋はサンマを食べていないですが、皆さんは食べましたか?
どうやって生きていこうね

生まれる前の雑誌で旅をしている人もいるしなんとかなるか

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