世界の果てで終末を待つだけの雑記

患った中二病は30代になっても僕を蝕む

推しとホームパーティーと光の世界

毎日外に出かけている引きこもりです。
こんにちわ僕です。

昨日は久しぶりに推しのイベントに行けたので、なんだか久しぶりだな、素敵だな、って思いました。
まぼろし博覧会のセーラちゃんと、世直し王様がゲストで、カオスの限りでしたが、楽しかったです。
『19か20のときに持ってたセーラー服着ることないと思ってたけど、この並びだと着たほうがいいと思ってドンキで3980円で(セーラー服)買ってきました!』と、宇宙さんが言っていて、何を言ってるんだ、と思いつつ、かわいいからいいんだよって思いました。

話は前後するんですが、ネイキッドロフトのラインアップを見ていたら、youtuberのはいじぃさんとかが、イベントをしていて、なるほど?って思ったりしました。
youtuberはやっぱりトークイベントと相性いいよなって思いました。

イベントが終わって、けっこういい時間だったんですけど、帰っても行き場のない感情をどうしようもないなと思って、友人の引越し祝いに顔を出しました。
狭くはないリビングがひとで埋まっていて、好き勝手に喋っており、なるほど人間は意外としゃべるものなんだなと思いました。
好き勝手喋っているので、ずいぶんうるさい環境でしたが、ベランダでぼんやりしていると、インターホンが鳴り、オコが発生していました。
一時的に静かになるも、やっぱりうるさかったので、隣の人はだいぶうるさかったと思われます。
ホームパーティーは22時ぐらいで切り上げるべきですね、学びがある。

ブログロ書いても書いても、全然アップできない日々なんで、これもアップされるかはわからないのですけれども、とにかく描くことを見つけたと思ったら全然書けなかったりして、何だこれって思ってる毎日です。
確かに本も読んでいないし、映画も見ていない、圧倒的にインプットの少ない日々な気はしているんですけど、本当にそうかな?とか。
色んな人が色んな所でいろんな災難にあっていて、セクションを分けながらなんとか舗装されてない道を走破していくんです。
事故が起きないようにしましょうねって言いつつ、けっこう事故はたくさん起きて。
悲劇は繰り返されるんだなって思います。

最近平成について考えたいと思いつつ、なかなか時間しっかりと取れてなくて自分の平成の話をしたいなって思ったとき、すべてが混沌としていて何を話したらいいんだろうと思ったりします。
僕は31年間しっかりとあと数日間違いがなければ平成の世を生き抜くことになるわけですが、それは図らずとも、約31年という時間を使ってきたことなので、不思議です。

僕はたしか16の時に先輩のライブを大阪に見に行ったのです。打ち上げに参加して、よくわかんないうちに時間が流れて、始発みたいな電車の南海電車に乗って、和歌山に帰ったのです。
駅についたとき、白く浮かび上がるセカイが輝いているように見えて、眠い頭でぼんやりと、こんな事するものではないなと思いました。
昨日はじめて友人の家で硬い床にダンボールを敷いて寝たわけです。
掛け布団を誰かが持ってきてくれましたが、早朝に家を出て、地下鉄を乗り継いで家に帰ってくる時の車窓がどこかその時にオーバーレイされて、もう20年も前の風景なのに溶け合ったような気がして。
記憶の結びつきっていうのは時間を消滅させるのかもしれません。

幼い頃、小さな家に住んでいたんですけど、高いところにある窓からさしこむひかりが舞い上がったホコリをキラキラと輝かせていて、そういう光景が僕は好きで。
セカイは光でできていると思ったのです。
ブラックホールが最近観測されたと話題ですが、ブラックホールというものがどのような形であるのかはわからないですが、我々でも観測できる形にはあるのだと思ったとき、それは地続きの現実なんだなって思ったりして。
つまり、実は空想できるものはおそらくそのとおりになるし、欲求が具象化する程度にこの世界は陳腐だけど、謎が仕込まれていて、死ぬまでにそれを解き明かすことは出来ないけど、きっとこれはこういうことなんじゃないだろうかと推論したりすることが楽しいんじゃないかって思ったりするわけです。
それが正しくなくてもいい。
自分の好きなように想像して、自分な好きなようにセカイを構築して、たまたまいい結果になったり、そうはならなかったり。
いいも悪いも本当はなくて、それは客観的な視点でしかないと。おそらく。

本を読みました。

 

青のフラッグ 6 (ジャンプコミックス)

青のフラッグ 6 (ジャンプコミックス)

 


青のフラッグ6は、とてつもなく胸が締め付けられる作品の佳境に来てしまったなって思いました。
青春っていろんな形があるけど、こんなにも残酷で、どうしようもなくて。
昔の作品で19っていうのがあるんdねすけど、そこまではっきりとした描写が、青のフラッグにあるわけじゃないんですけど、登場畳人物の年齢も違いますし。でも、その葛藤っていうのは、永遠に続いていくことだなって。

ここは今から倫理です。3 も読みました。

 


なんというか、作家先生がどうしたらいいんだろうって思いつつ描写してるのか、わかんないですけど、倫理の先生が第1巻ではスーバー超人みたいな印象だったのがどんどん凡庸となっていくさまは、本当によいです。
人間というのは人間の限界を感じてしまったときに、そこから先に進めなくなってしまうのではないかと考えたりします。

寒い日がきたり、と思ったら暖かくなったりしながら毎日が繰り返されていきます。
時間に永遠はなくて、いつかの日常が繰り返されることもなく、いつでもない今が積み上がっていくだけなのではないかと考えたりします。

いっぱい話したいことはあったのに、またどこかの機会で書こうと思いました。