世界の果てで終末を待つだけの雑記

患った中二病は30代になっても僕を蝕む

少しずつ変化する

大晦日です。

年越しを前にここ数日間の忘年会のダメージの蓄積にやられそうになっているわけですが、4日から仕事なのでしっかりと養生しようとおもっていますよ?(三ヶ日)

渋谷で二度目の年越しなのです。2016年も1月1日の夜の渋谷を見てきたいと考えています。誰もいない渋谷は、いやおそらく都心のどこにも人間がいないと思うのですけれども、本当に静かでびっくりしました。今年初めにその静謐さを感じて、僕は今年を歩き出すんだって思いましたが、うまく立ち振る舞うことは出来ませんでしたね。人からは「うまくやろうとしなくていい、まだ出来なくてもいいんだよ」というような優しい言葉も頂きましたが、どうしても焦りばかりで浮足立って一人で滑って転んで、情けなさに赤面するという、全くどうしようもなくみっともない自分が年の瀬までこれたのは、関係者各位の僕への理解のおかげだと思っております。

来年がもう目の前にいて、鏡の前に経って、溜息を付いている自分がいますが、溜息をつかない生き方をしたいなぁって、肩の力を抜いていきたいなと、特に今年はそういう反省をしております。

反省も後悔もしない人生を送ってきたと自信を持っていたのですが、そうやって奮い立たせないと立っていられないような脆い地盤の上に自分はいるのだという側面もあるのではないかと思って、きちんと積み重ねられる何かに取り組んで行きたい所存。

今年は出来事ばかりが連続していて、少し前の自分では全く考えられない程に感情表現が必要だと感じたりしています。自分を演出する能力に著しく欠けていて、それらを補うために日本語っぽい何かで必死に繕っていたのに、もうこれ以上は無理だよっていう膿がドロドロと溶け出してきたっていうかんじでしょう。泣いたり、笑ったりがとても下手くそなのでもっと自然にそれができるようになりたいなって。

2016年は家の更新などの出来事もあるので、どうしていくのかちゃんと考えないといけないなって思います。その前に仕事の更新もあるし。ネガティヴな要素が12月には多くあったので、もちろんポジティヴな側面もたくさんあったにせよ。そういったことを踏まえて次の1月、2月と過ごさなければいけない。働き方も色々考えたい。ぼんやりとしていて齢がインクリメントされて一年がなんとなく終わるっていうのは、ちょっとそろそろやめないといけないなとかふつうのコトで凹んだりする。ほんとうの意味で言い訳をしないで後悔しない時間を過ごしてみたい。

 

女装は来年もやるんじゃないかな。ベースメイクから変えてみたいと考えているけれども、どうなることか。肉体改造も兼ねてシェイプアップをしないといけません。

放送も多分やると思う。今年ほどはやらないかもしれないけれども。とりあえず継続はなんちゃらっていうのを信じてみたい。

よしだらじお-ニコニコミュニティ

こちらでやっていますのでよければ入っていただければと思います。

超つまんない話と、女装関係で飲酒しながら放送していますが、どうなりますかね。自分。

実用書を読みたいなと、聞く力とか話す力とか。コミュ力をつけるには、みたいな本を読んで話題の見つけ方とか、話の広げ方とかっていう人間的な基礎的な部分を作ってみたいなと思うのですよ。(本を買って満足しそうな気がしているのは内緒だよ)

 

残りもう少ないですが、今年一年ありがとうございました。

良いお年を。来年もよろしくお願い致します。